造形作家として幅広い作品を掛けている福井 揚さん。明るい配色の独創的な陶芸、フェルト素材を用いたおしゃれな壁掛け、異素材を組み合わせた存在感のある立体など、さまざまな作品を発表しています。
滋賀県出身の福井さんは18歳でアメリカに渡ります。そして、ミズーリ州の大学に入学し、陶芸と出会います。師に恵まれ、陶芸に魅力を感じ、アートの世界で生きていく事を決心したそうです。その後、ネバダ州立ラスベガス大学大学院彫刻学科に進学。豊かな自然に恵まれた地で現在の作風につながるような創作の日々を過ごしていました。卒業後、ニューヨークに移りアーティストとして活動を始めましたが、2013年に帰国し、信楽で創作を始めました。陶芸家に留まらない幅広い活動をするために2016年からは静岡県裾野市に工房を構えています。
「陶芸は工程を経て表面がなめらかになり、フェルトとは時間をかけると共に複雑になるという面白さがあります。それぞれの持ち味が面白く、惹かれるところです」と語る福井さん。陶芸作品は、存在感のあるユニークなデザインが特徴です。完成するまでのプロセスには技術的な工夫を重ねていますが、作り手が楽しんで生み出している雰囲気が伝わります。フェルトは、小さく裁断したフェルトを重ねながら万華鏡や編み物のような表情を創り出しています。描くように貼り合わせたフェルトが情報を発信しているかのようです。
今回の作品展会場の中心的存在になる予定で創った「溶岩車」は、枯れ木と新聞紙などを用いた遊び心漂う作品です。すべては、福井さんの雄大な創作への思いが根底にあります。タイトルの「転失気」は、人気の古典落語から選んだ遊び心のある言葉。決して「転失気」ではない、自身の作品に向けてのユーモラスなメッセージです。
消しゴムはんこ作家として幅広く活躍している津久井智子さんの個展を開催します。
消しゴムはんこは、彫刻刀やカッターで消しゴムに模様を彫り、インクを付けて紙などにその模様を表す手法です。津久井さんは2005年にNHK教育「おしゃれ工房」に出演し、年賀状の作成を紹介したことを機に、メディア出演など活躍の場が広がりました。現在も書籍、作品展、イベント、教室などを通して洗練された作品を発表しています。
また、同時に消しゴムはんこで描く絵画を[版描]と名付け、アートとしての新しい創作にも取り組んでいます。一枚の絵画の中に筆と消しゴムはんこを併用してドラマチックな表現を楽しむために考案した独自の手法。ここで紹介する『Leopard in the jungle』や『Rose Garden』などもその手法で描いた大作です。ファンシーなイメージの消しゴムはんこが絵画の中にみごとに調和しています。版画と描画の中間として名付けた「版描」は、アクリル絵の具や、ときに岩絵具や箔など、日本画の画材も用いて木の板や和紙に表現しています。植物や動物など、自然界のモチーフを主に、ときに空想の世界や夢で見た風景を形にするべく自由な発想で描いています。
「15歳から消しゴムはんこを作り始め、生業としては17年目になります。消しゴムはんこの楽しみ方を広め、可能性を提案する仕事を通じて、さまざまな機会を得るうちに、ホビーや手芸の枠組を飛び越えた作品づくりを求めるようになりました」という津久井さん。近年は、ホテルの客室やクルーズ船の内装なども手掛け、特別な空間を彩るなど、[版描]作家としての場が広がりました。
透明感のある色調、穏やかな描写で独特の世界観を表す画家・川合朋郎さんの作品。タイトルから連想される光景を通して、作者の思いに近づき、見る人に心豊かな時間を感じさせます。
2014年に続き、さんしんギャラリー善では、2回目の個展を開催します。
大阪で生まれ育った川合さんは、大学院修了後に祖父の出身地である三島市で創作を始めました。以後、各地で個展を中心として作品を発表しています。
作品のテーマは一貫しており、社会性を踏まえた上で個人の心の多様性を表現しています。空、海、川、虹、大地などが描かれていますが、そこには必ず人、または人々が存在します。現在の場所(心)から踏み出す勇気、そこに何があるのか気づいたときの喜び・・・。行動を起こす人を描きながら作者の静かなメッセージを感じさせる作品が多く、個展会場では、勇気をいただいたという方、自然に涙を流す方などの光景も見かけます。
「作品のタイトルは鑑賞の手がかりとも言えますので、とても大切にしています。自分が何かを訴えているというよりも、見る人の経験が重なることで、心に響いてくださるのでしょう」
川合さんの思いが詰まった空間で作品と対峙し、メッセージが心に響く瞬間を味わっていただきたいものです。
国内外で高く評価されている陶芸家の崎山隆之さんの「さんしんギャラリー善」では、二回目となる個展を開催します。
大海原をイメージさせる『聴涛』と題するデザインは、信楽の白い土を用いて、平面の板を組み合わせて立体にする「板作り」によってフォルムを作ります。そこに、繊細で力強い筋を加えると影が生じ、造形に奥行きをもたせ、躍動感溢れる表情が誕生します。二重構造によって生み出された作品は、「外側から流れるように内側に向かう筋、外と中の関連性を持たせたい」という目的で、底から起きた線の集まりがうねって内側に集結する、まるで渦潮を見ているようなデザインが魅力です。
崎山さんは大学で陶芸、その後、九谷焼を学びます。生まれ育った伊豆の海への思いは強く、西伊豆の黄金崎に築窯し、美しい自然を彷彿とさせる作品を生み出し、主にアートフェアなどへの出品を重ねてきました。愛好家の方々との出会いから、国内外を問わず陶芸への関心の高さを感じたそうです。日本では産地の特徴や器としての使用目的が尊重されますが、用途にとらわれない陶芸、大小にこだわらず、豊かな心を彩るような美術品としての魅力を伝えたいという思いが強くなりました。「見る人が自由に心地よい位置で作品に向かいあってほしい」という事で、作品には正面は作らないという崎山さん。作家の手を離れ、所有した方々が自由に楽しんでほしいとの願いが伝わります。早春の季節にふさわしい清々しい作品をご覧ください。
写真を通して、加工食品の断面の美しさの再発見を追求しているグラフィックデザイナー菅沼靖幸さんの個展を開催します。
グラフィックデザイナーは、写真やイラスト、図版などを用いて社会に様々な情報を発信する仕事ですが、菅沼さんは、その知識、経験を生かした独自の視点で「美食」と題する彩り豊かな写真を発表しています。身近にある「食べ物」の断面に注目した写真は、「中はどのようになっているのだろう」という、素朴な疑問から生まれました。見る人それぞれの五感を刺激し、「美食」の世界に導きます。「これは何?自分も見てみたい」と感じるかもしれません。普段意識しないで食している物に対しての興味が湧き上がります。
菅沼さんが断面写真を撮り始めたきっかけは、「水平・垂直」という視点で、様々な風景を撮影していたことに遡ります。例えば金属のフェンスの格子を通して見える風景。自然の中の「水平・垂直」を多くの作品として発表していました。それが加工食品の中にある「水平・垂直」と結びつき、その延長として「食べ物」を垂直にカットした写真に取り組みました。「食べるよりも、カットしてみたい」という視点で選んださまざまな「食べ物」。想像ができても、改めて見たことがない「食べ物」。その断面がもつ色彩の美しさ、造形の神秘さを展示します。実際に会場で「美食」のひとときをお楽しみください。
独創的なBOARD ART(ボードアート)を発表している美術家の梅原美喜子さんの個展を開催します。ベニヤ板に曲線を生かした緻密なカットを施し、それを重ね合わせ、アクリルや胡粉ジェッソなどで白く色付けする。立体的な形には、自然からインスピレーションを受けた作者の思いなどが込められています。
梅原さんは、幼少期より抽象油画を描いていた叔母様が主宰する絵画教室に通いながら絵に親しみました。多くの美術品を鑑賞するなどの機会も得て、美術家としての基礎を築きます。高校卒業後は、セツモードセミナーに入り、ドローイングなどを学び、パステル抽象画を描いていました。ベニヤ板を用いた作品を手掛けるきっかけとなったのは、「散歩中に、大木の樹皮の欠片を見つけ、その形、層の厚みなどに心惹かれたこと」と語ります。その破片を剥ぐことが楽しくなり、1枚の紙で思いを伝えるのではなく、層で表現する面白さを発見。ベニヤ板を用いたBOARD ARTにたどり着きます。はじめは、板を彫って凹凸で表現していましたが、板を重ねることで厚みが増して影が映えるようになり、平面だけではなく、重なりで生じる影の線の力と出会いました。作品で使用するベニヤ板は、最低、2枚ですが、5~6枚を重ねた作品もあります。配色があると色に心を奪われますが、白い作品は線で表現できる面白さがあり、現在は白を中心として制作しています。ベニヤ板をカットするのは力仕事です。作品を生み出すために様々な工夫を重ね、自在に形を表現できるようになりました。フリーハンドで表現した曲線も必見です。
誘鳥木(ゆうちょうぼく) 180×74cm シナベニア、胡粉ジェッソ